古在豊樹(環境健康フィールド科学センター長)

 

 最近、農学教育研究の方向性に関して、全国農学系学部長会議(財)大学基準協会大学評価・学位授与機構日本技術者教育認定機構(JABEE)などの農学関連委員会において、活発に議論されている。
 そこでは、「農学は、多様な生物種が共生する環境の中で、食料や生物資材の持続再生産、生物遺伝資源の保全、環境との調和、環境修復に関わる科学技術および社会文化を発展させることを通じて、人類の永続と福祉に貢献することを理念とし、生産科学、生命科学、生物資源科学、環境科学、生活科学、素材科学、農業経済学等を重要な構成要素とするが、それら構成要素に還元することはできず、総合科学的性と生命を育むことこそが農学の本質である」などと議論されている。他方では、総合性が高い農学分野は、応用分子生物学などと比較して、学術レベルが低いと見られることがある。
 翻って見ると、総合科学性と生命の育みは、看護学、医学、薬学、教育学等でも重視される。ただし、農学の総合科学的特質は、看護学等に比較して、生物(植物・動物・微生物とその社会)とその生産物・加工品に重心があり、また工学等に比較して、自然物と生物環境に重心がある。とは言え、工学部に生命工学科や環境保全学科が設置される昨今において、農学の存在意義を高めるには、その特質を今後さらに磨くことが求められる。
以上の背景から、生物とその環境を含む人間社会を対象とするからこそ、社会的有用性および学術的価値が高く、また環境・食糧・資源等の現代的問題を解決できることを示す具体的学術成果を示すことが農学研究者に求められている。
 本年4月に発足した、千葉大学共同教育研究施設「環境健康フィールド科学センター(略称)」は、園芸学部付属農場が転換された組織で、園芸学部教育学部医学部付属病院薬学部を母体とする専任教員15名および看護学部工学部等からの兼務教員約10名からなる。このセンターで討議中の共同研究テーマは、「バラのかおりが介護・看護におよぼす効果」、「薬草の植物工場的栽培」、「介護・リハビリにおける園芸作業効果」、「バリアフリー園芸生産システムのユニバーサル・デザイン」、「看護・医療における生涯教育」、「医食同源から医食農同源へ」、「植物循環を主軸としたゼロエミッション・キャンパス」、「雨水資源化節水園芸と環境保全」、「食農教育実践における学部連携」、「環境園芸を取り入れた都市の省資源有機物循環」、「東洋医学と総合学習」、「都市生物生産における開放型と閉鎖型の統合」、「環境ホルモンと漢方薬の人体への作用機構相同性」などである。
 上記センターの研究成果が得られるのはこれからであるが、センター教員は、それらの共同研究テーマについて討議する度に、知的興奮を抑えきれず、また旧来の学問分野の壁により、私たちが現実の問題を狭い視野から見ていたことを痛感し、今後のユニークな研究成果を予感している。総合科学者を自認する農学研究者は、今後、人間を対象とした他分野の応用科学者との研究交流に躊躇があってはならないであろう。
(巻頭言 月刊技術会議、2003年7月号(No. 25)農林水産省農林水産技術会議 発行)
 

  


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